日本医学会医学用語辞典Web版について

編集方針と凡例

  1. 本辞典に記載されている用語について
    1. 本辞典の利用方法

       本辞典は,医学・医療関係者が教育,研究,診療,医療行政などの場において,論文や教科書の執筆,診療記録の記載,行政文書の作成などをする際に必要な医学用語を選定し,収載したものである. ただし,極端に専門的な医学用語で,その領域の研究者しか用いない用語は収載しなかった.この辞典は医学用語に関する日本語と英語との対応関係を示すものである.
       ひとつの英語に対応する日本語が複数ある場合、あるいはひとつの日本語に複数の英語が対応する場合など,同義語がある場合は,それらを代表する代表語を定めるように努め, さらに優先的に使用すべき用語である場合には優先語を定める努力をした. また,近年,医学知識の普及に伴って雑誌や新聞,ラジオ,テレビ,インターネット等で使われる医学用語も多くなってきたので,一般社会で使われている医学用語とも可能な限り一致させるよう心がけた.

    2. 収集された用語

       本辞典に収載されている語彙数は,2016年11月時点で,日本語医学用語が71,067,英語医学用語が70,103,概念数にして50,088個である. 本辞典で収集された医学用語は,「日本医学会医学用語管理委員会編 医学用語辞典英和 第3版」に収載されている用語を基礎にしているため,以下では第3版の凡例・編集方針を元に加筆,修正した.

       「医学用語辞典英和 第3版」は「医学用語辞典英和 第2版」に,米国国立医学図書館が編纂するMedical Subject headings (MeSH) (2006年版) 及び日本医学会分科会より 推薦された用語を参考にして選定したものである. MeSHに収載されている用語は,Main Headings(基本語にあたる)は原則としてすべて取り込み,Entry Term(同義語など)は,第2版にある英語見出し語と一致するものは収載した. MeSHにある語は,Main Headingは【M+】,Entry Termは【M】の記号を付し,それぞれの語の属するカテゴリーを属性欄に記した. また,収集された英語がUnified Medical Language System (UMLS) (2006AC版)に存在している場合には,【U】の記号を付した.

      (例) abdominal aortic aneurysm   腹部大動脈瘤   【M+】、 MeSH category:C14

       MeSHは医学文献データベース MEDLINE の索引・検索のために米国国立医学図書館で編纂されたシソーラス(統制用語集,件名標目表)である. 基本となる語(Main Heading)は 22,997語(2006年版)で同義語は24,050語からなっている. これらの語は医学文献の検索に用いられる基本的な用語であるから,これを参考に英語圏で用いられる医学英語を選択することは当を得ている. しかし,MeSHは検索のための統制語であるために,例えば,総括的な用語は複数形になっていたり,アポストロフィsのある語はそれが削除してあったりするので, これを通常の用語になおして本辞典に取り入れた. また,地理的な用語や薬剤名などの一部のほか,ある領域の下位階層を包括する用語や,高度に専門的な用語など,医学用語辞典に適さない用語は取り入れなかった.
       UMLSは米国国立医学図書館が1986年から構築に取り組んでいる統合型の医学用語システムであり,MeSHを含め約100種の既存の用語集,シソーラス, コードなどから医学用語が収集されコンセプトごとに整理されたもので,約100万のコンセプトをもっている. UMLS等を通じて収集された英語は膨大な数にあがるので,そのすべてを収載したわけではなく,英語圏で現在使われている医学用語(英語)という考え方に基づいて取捨選択を行った.
       2010年と2014年にはMeSH関連情報の更新を行っている.例えば2014年には,2014年版 MeSHの Main Headings 27,149語,その中で前回のMeSH改訂後から追加された 1,056個のうち541個の Main Headings とその同義語が本辞典に追加されている.

       また英語や日本語が,現在使われていない用語であっても,歴史的に意味のある用語については【旧】という記号を付して収載した.

    3. シソーラスの考え方

       用語辞典では,収載されている「用語間の関係」が明らかになっていることが望ましい.「用語間の関係」とは,上位語,下位語,同義語などの関係や, その用語が例えば,病名,身体の一部,化学物質,などのカテゴリーに属していれば,この「カテゴリー」をいう.
       本辞典では,すべての用語についてこのような関係を示すことはできなかったが,MeSHの考え方を借りて,MeSHに採用されている用語については, その枝番号(tree number)の上位2桁によって「カテゴリー」を示した.
       医学用語とは,英語でも日本語でも,医学に関するモノやコト(これを概念と呼ぶ)を言葉で表記したものである.同義語は,同じ概念を別の見方で捉えた場合や, かつては異なるとされていたものが実は同じものであることが解った場合など,様々な原因で生じる. 本辞典では,この同義関係を英語と日本語それぞれに対して保持している.しかし同じモノコトに複数の呼び名が存在すると混乱の原因になりうるので,可能な限り代表語を設定している.
       この辞典では上位語,下位語を示すことはしていないが,同義関係は示すことができている.従って,シソーラスにはまだほど遠いが,その第一歩となるものである.

    4. ラテン語について

       英語の医学文献では,ラテン語の用語があたかも英語の単語であるかのように使われることがある.その極端な形は,ラテン語の医学用語が完全に英語となっているものもある.
       このため,本辞典では,ラテン語であっても,英語と同じように使われる用語は見出し語として採用した. また,見出し語としては採用できないが,よく使われるラテン語は,対応する英語の属性欄にそのラテン語を示した.

    5. 日本医学会分科会の用語集との関係

       本辞典は,日本医学会の各分科会の編集している用語集を可能な限り取り入れることを方針としたが,技術的な問題から,電子化された形で存在している用語集しか参照できなかった. 電子化された用語集を送っていただいた分科会は2007年時点では下記の分科会である.

      日本薬理学会,日本温泉気候物理医学会,日本小児科学会,日本眼科学会,日本気管食道学会,日本脳神経外科学会,日本農村医学会, 日本呼吸器学会,日本病院管理学会,日本透析医学会,日本整形外科学会,日本てんかん学会

       将来の本辞典と各分科会の用語集との関係は,一般に使われる用語については同一の用語が双方の用語集に収載され,各分科会の用語集は,それに専門的な用語を追加したものとなることが望ましい. しかし,現段階では学会間で意見が一致していないものもあり,今後時間をかけて調整を進め,上記の理想に近づけていく必要がある.

    6. 他の用語集との整合性

       本辞典は,日本における医学用語の規範であるべきであるが,既に世の中に普及し定着している医学用語との整合性を保つことも必要であり, いたずらに異なった用語を収載して混乱を招くことは望ましくない. この観点から以下の用語集については可能な限り参照したが,2007年時点ですべての用語(日本語)を一致させることはできなかった.今後の課題としていきたい.

      1. ICD10対応電子カルテ用標準病名マスター  医療情報システム開発センター編集
      2. ICD10国際疾病分類第10版  厚生労働省ICD室編
      3. 医学用語シソーラス  NPO医学中央雑誌刊行会発行
      4. 平成17年度版 医師国家資格試験出題基準  株式会社まほろば発行
      5. ICH国際医薬用語集日本語版(MedDRA/J) (Medical Dictionary for Regulatory Activities)  日本公定書協会 JMO事業部
      6. 文部科学省・日本医学会共編 学術用語集 医学編  日本学術振興会発行 丸善販売

  2. 英語見出し語について
    1. 英語見出し語の記載法
      1. 英語を見出し語としたが,ラテン語,ドイツ語,フランス語などに由来し,英語として慣用されているものは見出し語として採用した.
      2. 記載法は,MeSHに準拠したが,MeSHで採用されている倒置法や複数形は用いなかった.
      3. 複合語については,日常頻繁に使用される用語,重要な用語,また慣例に照らして必要な用語を採用し,基本語の単なる組み合わせによって成立する複合語で, 容易に対応する日本語が得られるものは省略した.
      4. 用語は米国式つづりを主体とした.
      5. 人名を冠した用語の記載方法は,原則として所有格を表わすアポストロフィsを付している.
        (例) Addison's disease
      6. 冠詞の「a」「the」は省略した.
      7. 生物学名の属名はイタリック体(斜体)を使用した.
        (例) Actinomyces
      8. 略語(abbreviation)および頭字語(acronym)は原則として見出し語として採用しない方針をとったが,特に重要なものは見出し語として採用した.
        (例) AIDS(acquired immunodeficiency syndrome)
         DNA(deoxyribonucleic acid)
      9. 見出し語の頭文字は小文字(small letter)としたが,固有名詞,生物学名などの名詞は大文字(capital letter)とした.ただし,形容詞化した人名等の頭文字は小文字とした.
        (例) Basedow's disease
      10. ウムラウト,アクサン,セディーユなどがついた語はについては,その英語表記を見出し語とした,これは,この辞典がコンピュータ検索に使われることを考慮したためである.
         英語表記とは,ウムラウトはeを付加し,その他は,記号を除いたアルファベットとしたものである.
        (例) Kienböck → Kienboeck   Behçet → Behcet
    2. 英語の属性
      1. UMLSマーク
         I-2で記したように,見出し語がMeSHまたはUMLSに収載されている用語の場合には,属性欄に【U】及び【M】の記号を付した.MeSHの収載語はUMLSにも収載されているので, MeSHの収載語については【U】を省略した.
      2. MeSH Tree Number
         MeSH収載語は,その語のカテゴリーが明らかになるように,MeSHのTree Numberの最初の2桁の数字を付した.(カテゴリーの意味については,付表3を参照)
      3. ラテン語,複数形,付記
         登録数は少ないが,これらの属性を持った医学英語もあり,それぞれの属性名の後にその内容が表示される.

  3. 日本語見出し語について
    1. 「日本語の標準化」に対する考え方

       英語見出し語に対応する日本語見出し語は,学会の考え方や慣習などによって,これまでは必ずしも一定していなかった. しかし,標準的日本語がないままに,複数の日本語が無秩序に存在する状態は好ましくなく,意見を統一する努力は必要である. 本辞典では,日本医学会分科会の意見を集約して,できる限り「標準的な表記法」を示す努力をしたが,現段階では意見の相違もある.意見が相違した場合は, その違いを示すことによって問題点を明らかにし,将来意見の交換によって「標準」が自然に定まることを期待した. 従って,現段階では,この「標準」を強制するものではない.
       本辞典で,「標準的表記法」を示すために,次のような記載方法をとった.

      1. 代表語

         ひとつ以上の同義語がある場合,最も標準的と思われる語を代表語として記した(可能な範囲内で).日本語属性欄に【代】と記し, 同義語が列挙される形式の場合には代表語の後ろに★を付した.

      2. 推奨語及び廃語

         さらに優先的に使用すべき語を推奨語として記した.推奨すべき言葉を強調する時は日本語属性欄に [奨] という記号を付した. また,過去に用いられたが現在は使われない用語には [旧] という記号を付した.

        (例)hyperparathyroidism【M】(C19)  副甲状腺機能亢進[奨],上皮小体機能亢進
        schizophrenia【M】(F03)統合失調症,精神分裂病[旧]
      3. 意見の異なる日本語

         学会に推奨語とは異なった強い意見がある場合には,学会の略称を語の後に付して併記した.

        (例)dementia   認知症[奨],認知症(痴呆)[精神・神経],痴呆[旧]
      4. 表記の「ゆれ」の一覧表

         末尾に日本語表記に相違のあるものの一覧及び人名表記の一覧表を付した.これは,まだ完全なものではないが,今後相違のある場合については, この表に基づいて,その変更を議論するようになることを期待したい.

    2. 本辞典で推奨している日本語の具体例

       本辞典で推奨している日本語の具体例は,付表1の「日本語表記のゆれ」の一覧表を参照されたいが,以下に主要な用語の標準について記す.

      1. 上皮小体と副甲状腺

         これまで医学界では,parathyroid organ に対して,上皮小体と副甲状腺という2つの用語が使われてきた. 今回の辞典では,医学会分科会の意見を求め,副甲状腺を推奨語とすることにした.

      2. 蜂巣炎と蜂窩織炎

         phlegmone の日本語訳として,過去には「蜂窩織炎」が使われ,今でも一部で使われているが,本辞典では「蜂巣炎」を推奨語とした.

      3. 新生物という用語

         neoplasm という英語に対し,「新生物」という訳語が使われる場合があるが,日本には,古来から「腫瘍」という用語があり,「新生物」という用語は必要がない. したがって,本辞典では,病理学会,癌学会,癌治療学会などの意見を求め,neoplasm に対する日本語は,「腫瘍」を推奨語とした.

      4. 「症」の使い方

         「高血圧症」と「高血圧」などのように,「症」をつけた用語とつけない用語がほぼ同義語として使われている場合がある. 「症」のないものは状態を示し,「症」のあるものは疾患を示すのが本来の使い方であるが,実際には混同して用いられている. ここで改めて標準的な記載方法を定めても,両者を区別して用いることは現実的に困難であるので,本辞典では「症」を原則として付してあるが, 症を付さない用語も場合に応じて使用していただきたい.
         また,手術や手技に対する「術」についても,同様の考え方から原則として「術」を付しているが,これも,省略することを禁止しているわけではない.

      5. 「性」の使い方

         ウイルス性,細菌性など,形容詞的に用いられる「性」については省略される場合があり,より簡潔な表現で誤解を与えないのであれば,省略することが望ましい. しかし,一律に「性」を省略することによって違和感のある用語となる場合も多い.
         次の用語は,性を省略することが一般化しつつあるが,その統一には次の版に譲ることにして,本辞典では必ずしも統一されていない.

         ウイルス性→ ウイルス, 先天性→ 先天, アレルギー性→ アレルギー
      6. 「造影法」と「撮影法」

         -graphy という語が日本語では,造影法と撮影法と使い分けられている. 造影剤を用いる撮影は,「造影法」と訳し,用いない場合は「撮影法」とするのが,自然な使い方であるという放射線医学会の意見により日本語を選択した.

      7. -pathy の訳語

         現在は,「−症」,「−障害」,「−パチー」,「−パシー」などが使われているが,臓器によって,使い方に慣習がある. 本辞典では,あえてこれを統一しなかったが,同じ臓器(組織)に対しては,同じ訳語を用いることにした.

         encephalopathy 脳症
         nephropathy腎症

         それ以外は,カタカナで ○○○「パチー」とした

      8. 物質の蓄積によって起こる疾患に対する -osis の訳語

         amyloidosis,fucosidosis.mucolipidosis,gangliosidosis,mucopolysaccaridosis など,多くの先天性代謝性疾患が見出されており, これらに対し,−症,−蓄積症,−沈着症,などの訳が使われている. amyloidosis に対しては,「アミロイドーシス」の日本語が定着しているが,その他の物質に対しては,ただ「症」をつけるのみでは,意味が十分伝わらないために, 「−蓄積症」が比較的一般に用いられている. しかし,現段階では,まだ統一が困難であり,本辞典では,「アミロイドーシス」や「ムコ多唐症」のようにすでに日本語訳が定着している疾患以外に対しては慣用に従った.

      9. -dystrophy の訳語

         文字の本来の意味からすれば,「異栄養症」と訳すが,前につく言葉によって形成不全,萎縮,変性症,などの訳が使われ, また,「筋ジストロフィー」のようにカタカナで書く場合も多い. 本辞典では「ジストロフィー」を推奨語としたが,将来はよりわかりやすい日本語を普及させていくことが望ましい.

      10. schizophrenia の訳語

         「精神分裂病」に対し,「統合失調症」を提案したのは日本精神神経学会であり,「分裂」という言葉のつくその他の医学用語についても,この観点から見直しが行われた. しかし,最近までは,精神分裂病という言葉が使われているために,この語も[旧]という符号を付して収載してある.

      11. dementiaの訳語

         「痴呆」という用語を廃止し,「認知症」という用語を使用することを提案したのは,厚生労働省の有識者会議であった. しかし,日本精神神経学会及び日本神経学会は,現在でも,認知症(痴呆)と書くことを公式見解としている. 本辞典では,認知症を採用し,その観点で関連用語を整理したが,痴呆という用語も[旧]の符号と付して残した.

      12. mental retardation, idiot, imbecility などの日本語

         従来は精神薄弱,白痴,痴愚などの用語が用いられていたが,現在では,行政を含む一般社会では,「知的障害」が定着し, その程度によって最重度,重度,中等度,軽度知的障害と呼ぶことが定着している. しかし,日本精神神経学会は,「知的障害」は行政用語であり,医学界で使うべき用語は「精神遅滞」であるとしている.本辞典では,「精神遅滞」,「知的障害」を併記した.

      13. 色覚関係の用語

         眼科学会の意見により,「色盲」という用語を廃止し,「色覚異常」とすると共に関連用語を整理して 表の形で収載した(「整理された用語」). ただし,「盲」という文字を廃止したのではなく,半盲,盲点,夜盲などには「盲」は使われている.

      14. leprosyの訳語

         ハンセン病が定着しており,その観点から日本ハンセン病学会の協力を得て関連用語を整理したが,「鼠らい」のように医学的用語として,完全に廃語となったわけではなく, 一部「らい」という用語が残っているものもある.

      15. androgen,estrogen の日本語

         アンドロゲン,エストロゲン,とし,アンドロジェン,エストロジェンは採用しなかった.

    3. 日本語の属性
      1. 日本語の属性欄には標準的な読み方をカタカナで記した.
        (例) aerobic   好気性  読み:コウキセイ
            backknee  反張膝 読み:ハンチョウシツ
      2. 用語の補足的な説明事項等がある場合には日本語属性欄で備考:《 》内に記載した.
        (例) abdominal pulse 腹脈  読み:フクミャク、 備考:《やせた患者の腹部大動脈拍動》
    4. 日本語の「かな」と「漢字」の使用法

       漢字を使うか「ひらかな」を使うかという問題は,その時点での社会慣習によるものであり,理論的原則を立てることはできても,原則を厳格に適用するとさまざまの問題が派生する.
       しかし,一方で標準的な表記法が示されないために,いたずらに混乱を来している側面もある.そこで本辞典では,理論的原則にこだわらずに,標準的な表記法を示すことによって, 自然にその表記法が定着することを期待することにした.したがって,ここで示す表記法を強制するものではない. また,表記法は時代と共に変化するものでもあるので,今後も改定を重ねてその時代に受け入れられやすい表記法を提示し続けることが必要であろう.
       漢字には,常用漢字,JIS漢字など(解説参照)が定められているが,これに基づいて,例えば「常用漢字以外はかな書きとする」というような原則をたてることは 医学用語の場合には必ずしも適当ではない.従って,ここでは次のような比較的柔軟な方針をたてた.

      1. 常用漢字にない漢字であっても,可能なものは漢字表記を優先した.特に,「ひらかな」を使うことによって意味がわからなくなるような場合は,漢字を選択している. 人体の一部を示す用語はかなで書くと意味がわからなくなる場合が多いので漢字を優先した.
         例えば,下記のような用語は漢字とした.(詳細は,付表1参照)
        cancer
        scabies 疥癬
        radius橈骨
        fibula腓骨
      2. 総画数の多い漢字で,「ひらかな」を使うことが慣習となっている用語は,「ひらかな」とした.特に,第2版の表記法を大きく変更することは混乱を招くので, できるだけこれを尊重した.また,「ひらかな」を使う場合には,まとまった語の中に「ひらかな」と漢字が混在することはできるだけ避けた. しかし,既に混在している表現が一般的となっていたり,最後に「菌」,「症」,「疹」,「性」などがつく場合には,ひらかなと漢字が混在することを容認した.
         これらの場合には,漢字は併記しないこととした.(詳細は,付表1参照)
        (例)depression うつ病(鬱病)
        congestion うっ血(鬱血)
        delirium せん妄(譫妄)
        rosacea 酒さ(酒皶)
      3. 例外として,ひらかなのみでは,意味がよくわからない恐れのあるものについては,漢字を第二選択として記した.
        (例)carbuncle よう,癰
        furuncle せつ,癤
      4. コンピュータとの関係

         現在は,コンピュータが普及し,医学用語もワープロによって書かれることが多く,また情報検索にもコンピュータが利用される. この医学用語辞典Web版も,コンピュータ上で利用されるため,漢字はコンピュータで表示できるものに制限される. コンピュータ上で扱える日本語文字集合は,永らくShift−JISが一般的であったが、近年ではUNICODEが使われるようになってきている. 日本語のすべての文字がこれらの文字集合に収められているわけではないが,使える漢字の数はShift-JISよりもUNICODEの方が圧倒的に多い. UNICODEの符号化スキームとしては,UTF8が一般的であるため,辞典内部の日本語文字はUTF8でエンコードされており,Web版で辞典内容を表示する際にもUTF8を指定している. そのため,理論的には,UNICODEを扱えないコンピュータでこの医学用語辞典Web版を使用すると,一部の漢字が表示されないことになる. 幸いなことに,この辞典の編集作業では未だにShift-JISが多く使われているため,使われる文字もShift-JISの文字集合に制約されている.

      5. 略字体の漢字

         第2版においては,文部科学省学術審議会(学術用語分科会)の承認を得て,略字体漢字を第一選択とすることを提案してきた. 第3版でも基本的な考え方は変わらないが,実用性の観点からワープロで表現できない略字体は,略字体でない漢字を優先することとした. Web版では,コンピュータで表現できない略字体は削除したが,表現できるものについては字画数の少ない漢字を優先することに変わりはない.

        (例)(表参照)
        頚 (頸は使わない)
        躯 (軀は使わない)

         但し「沪」,「痙」,「攣」,「呕」,「𦙾」,「𦜝」,「𥇥」などは,現段階では,正字を用いても良いこととした.

      6. 異字体について

         第3版では,日本語訳語に使用されている漢字の字体は,国語審議会で答申された表外漢字字体表の印刷標準体をできるだけ採用するように努めたが, ワープロに搭載されている漢字と表外漢字との間の整合性がなかったために,実用性の観点からワープロで使える漢字を優先した. Web版では,UNICODEによりいずれの字体でも使用することができるが、現在のところ第3版で採用された漢字を踏襲している. 使用すべき字体の決定は本辞典の方針を超えた問題であるが,コンピュータでデータを取り扱う場合には,異なった字体の漢字は,まったく別な字として認識され, これを知らないと検索に支障を来す. 特に,次の医学で繁用される漢字をコンピュータで処理する場合には異なった字体が存在していて異なる文字コードが割り当てられていることに注意する必要がある.
         本辞典では,上記の観点から,これら異字体のある漢字については,現在,国語関係研究者の間で最も広く使われている下記の漢和辞典で正字とされている字体を使うことを原則とした.
         鎌田正・米山寅太郎 著 新漢語林  大修館書店
           靱 (靭 は使わない)
           腟 (膣 は使わない)
           鉤 (鈎 は使わない)
        「腟」と「膣」は、漢和辞典では共に正字となっている.表外漢字字体表では「膣」を採用しているため,一般社会では「膣」が多く使われている. 本辞典の第2版では,「腟」を使用しているが,第3版でも字画数が少ない「腟」を用いることとした.

      7. 同音の漢字による書き換え

         常用漢字の制定以来,同音の漢字による書き換えが一般社会で少しずつ浸透しつつある.これについては規範となる文書は存在しないが, 本辞典では,社会慣習を考慮して次の漢字を採用している.(詳細は,付表1「日本語表記のゆれ」参照)

        交差神経が交叉するような場合には「交叉」を用いたが,それ以外は交差を用いた.
        線維「繊維」は使わないことにしたが,一般社会では「繊維」が使われている. しかし,医学関係者の間では,「線維」が早くから普及している.
        線毛「繊毛」は使わないことにしたが,一般社会では「繊毛」が使われている. ただし,本辞典でも,繊毛虫は,「繊毛」を用いた.
        弯曲「湾曲」は使わないことにしたが,一般社会では「湾曲」が使われている. 医学においては,「側弯」,「大弯」,など弯曲以外でも「弯」が多く使われる.従って,この場合に限っては,一般社会の用語と異なる「弯曲」を採用した.
      8. 医学用語に用いられる数字として,漢数字,アラビア数字,ローマ数字等があるが,これらについては慣用もあるので,用語によって表記を使い分けた.
        (例)primary immune response 一次免疫応答
        daily secretion rate1日分泌量
        type I alveolar cellⅠ 型肺胞細胞

        なお血漿中の血液凝固因子(Ⅰ〜ⅩⅢ)は国際符号としてローマ数字を用いる.数字としての概念から外れ,1つの熟語的用語となったものは漢数字を用いた.

        (例) 十二指腸 百日咳 五日熱 一酸化炭素 など

    5. 日本語のカタカナの使い方
      1. 外来語はカタカナ表記を用いた
      2. 生物学名,物質名(含:化学的物質名)の表記にはカタカナを使用した.
        (例) タンパク質, ツツガ虫,ヒト,ウシ
      3. ギリシャ文字は片仮名で表記した.
        (例) alpha chain  アルファ鎖
      4. 人名の表記法について

         人名をカタカナで表現する時に,どのように表記するかは非常に難しい問題であるが,本来の発音を示すことはどの国でもできていない. 重要なことは,一つの国の中では表記法が一致していることである. この点,政治家,音楽家,など一般社会で使われている人名はジャーナリズムが努力して標準的な書き方が確立している.(例:モーツアルト,ショスタコーヴィチなど)
         医学関係の人名については,これまでそのような標準的な表記法がないために,混乱を招いている.従って,末尾に表記法の案を一覧表として示した. これは,まだ不完全なものであるが,今後学会の意見を入れてすべての医学関係者に受け入れられる表記法になることを期待している.
         また,アポストロフィs の使い方は,原則としてつけることとしたが,2人の名前がつく場合は省略される.(付表2 人名の表記法参照)


    6. 日本語の読みについて
      1. 欧文字は次の読みとした.

        A:エー,B:ビー,C:シー,D:ディー,E:イー,F:エフ,G:ジー,H:エイチ,I:アイ,J:ジェー,K:ケー,L:エル.M:エム, N:エヌ,O:オー,P:ピー,Q:キュー,R:アール,S:エス,T:ティー,U:ユー,V:ヴィ,W:ダブリュー,X:エックス,Y:ワイ,Z:ゼット

      2. 特に注意すべき読み方
         腔—医学用語の慣例により「くう」と読む.
         例:口腔(こうくう),腹腔(ふくくう)
         頭—原則として「とう」と読むが,頭痛に限り「ずつう」と読む.
        分泌—「ぶんぴ」,「ぶんぴつ」の読みは「ぶんぴ」を第一選択とした.
        出生—「しゅっせい」,「しゅっしょう」の読みは「しゅっせい」を第一選択とした.
        対合—「たいごう」,「ついごう」の読みは「たいごう」に統一した.
        萌出—「ほうしゅつ」,「ぼうしゅつ」の読みは「ほうしゅつ」に統一した.
        重複—「じゅうふく」,「ちょうふく」の読みは「じゅうふく」に統一した.
        皺壁—「すうへき」,「しょうへき」の読みは「すうへき」に統一した.
        鼻茸—「はなたけ」と読むことを原則とするが,通例「びじ」と読むものもある.
         例:出血性鼻茸 しゅけつせいびじ
         楔—「けつ」,「せつ」,「くさび」の読み方があるが「くさび」を優先した.
      3. 遺伝子の読みについて

         今後,多くの遺伝子が医学用語として使われることになると思われるが,これらの遺伝子の読み方については,慣用的な読み方が普及しているものもある.
         例えば,

         abl遺伝子  エイブル遺伝子
         fos遺伝子  フォス遺伝子
         myc遺伝子  ミック遺伝子
         src遺伝子  サーク遺伝子

         しかし,本辞典の標準的な読み方としては,エービーエル遺伝子,エフオーエス遺伝子などの読みを正式の読みとして記した. これは読み方が必ずしも統一されてなく,また時代と共に変化することも考えられるからである.


    7. 日本語の長音符号の付け方
      1. 英語のつづりの終わりの -er,-or,-ar などを仮名書きする場合

         次の方針によって,語尾の長音符号「ー」を略した.

        1. その言葉が3音節以上の場合には,語尾に長音符号を付けない
          (例) ペースメーカ
        2. その言葉が2音節以下の場合には,語尾に長音符号を付ける
          (例) カバー
        3. ①長音符号であらわす音,②はねる音および③つまる音は,それぞれ1音節と認め,④よう音は1音節と認めない
          (例) ①モータ ②ダンパ ③ニッパ ④シャワー
      2. -gy,-py,-phyなどを仮名書きにする場合

        原則として,長音符号を付ける

        (例) エネルギー,エントロピー,アンギオグラフィー,ジストロフィー
      3. polypはポリープとし,ポリプは採用しなかった
      4. anginaはアンギーナとし,アンギナは採用しなかった

  4. 辞典の改訂作業  

    紙媒体の時代,辞典が改版されるまでには,4年以上が経過するのが以前の状況であった.しかし,医学用語は日進月歩するものであり,誤りや不足している用語などを修正する必要もある.
     このことを考えて,日本医学会医学用語管理委員会は,本辞典の内容を随時修正し,その履歴も公表している.

  5. 記号の一覧

     本辞典で採用した記号の一覧を示す.

    記号一覧
    M+MeSHにSubject Headingsとして採用されている英語であることを示す
    MMeSHにEntry Termとして採用されている英語であることを示す
    UUMLSに採用されている英語であることを示す
    代表語であることを示す
    推奨語であることを示す
    現在は使われていない用語であることを示す
    A01などMeSHのカテゴリー.付表3参照