日本医学会総会

日本医学会総会概略

日本医学会
第1回日本医学会は、明治23年、第1回帝国議会・内国勧業博覧会を機に、石黒忠悳、大沢謙二、長与専斎、高木兼寛、三宅 秀ら乙酉会員有志が発起人となり、学術上の知識交換を趣旨として全国に会員を募り、4月1日から7日間、東京において開催され、2千余名が参加しました。しかし、大家の講義にとどまり、研究討論の意図にかけているとの強い批判も生まれ、第2回日本医学会は行われたものの、第3回は開催されませんでした。

日本聯合医学会
第1回日本聯合医学会は、東京において明治35年4月2日から4日間、田口和美会頭、北里柴三郎副会頭で開催され、16分科、1700余名が参加し、活発な研究発表が行われました。第2回日本聯合医学会は明治39年4月に同じく東京で開催されました。第3回からは、日本医学会と改称され、総会年表にみるとおり、第12回日本医学会が終戦直後の政治、経済、社会全般の混乱期のために1年延期された例外を除き、4年毎に開催が続けられてきました。日本医学会総会は、この第1回日本聯合医学会に起算されています。

日本医学会の恒久化
昭和22年4月に大阪で開催された第12回日本医学会において、「医学および近接科学の進歩発達を図り、分科会間の連絡を密にするとともに、わが国の内外に対する日本医学界の代表機関とする」目的をもって決議されました。この決議にもとづき、昭和23年3月8日、日本医師会の設立にともない、日本医学会が常設化されました。
日本医学会総会年表

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