肺がん治療薬イレッサ(の訴訟にかかる和解勧告)に対する見解
平成23年1月24日
日本医学会
会長 髙久史麿
肺がん治療薬イレッサの訴訟について東京地裁、大阪地裁が和解勧告を提出したとの報道がなされています。
亡くなられた患者の皆様に謹んで哀悼の意を申し上げます、と同時に、現在そして未来の患者さんの立場も考えていただきたく、日本医学会長個人の、また、かつてがん患者さんの治療にあたった経験のある医師として一言申し上げたいと思います。
イレッサは国内外で現在も使用されている評価の高い医薬品です。イレッサの恩恵を受けてきた患者さんが数多くおられます。
その意味で、販売されるべきものではない医薬品により発生した過去の薬害とは様相が異なると考えています。ただし、犠牲者が出たことも事実であり、何がこれだけの被害を生んだのか、その原因を正しく見極め、対策を取る必要があります。そのことに医学会として協力を惜しむつもりはありません。
がんは、日本国民の死因別死亡率のトップを占める疾患であり、現時点において根治可能な治療法が限られています。このため、その治療法の開発は喫緊の課題となっています。特に、肺がんはここ数年、男性における死因別死亡率の1位を占めており、画期的な治療法が期待される分野です。こういった中で、抗がん剤による治療は、手術や放射線による治療と並んでがん治療において重要な地位を占め、がん患者さんや国民からの期待も高まっており、医学界としてもがん患者さんへの治療の選択肢を増やすための取り組みに大きく寄与してきました。
副作用のない抗がん剤は、患者さんだけでなく医療従事者にとっても夢ですが、実際にはあり得ません。副作用のリスクを冒しても治療の可能性に賭けるのが医療現場の実情です。特に新薬の場合、効果の期待もある一方、承認直後に稀におこる重篤な副作用などの未知のリスクは付きものです。
今回、裁判所は国に過失があって被害が拡大したと判断しているやに聞きます。裁判所がそう判断されるならば、国や医療界も反省すべき点はあるのだと思いますが、添付文書に記載があってなお過失があると言われては、正直、現場は途方にくれてしまいます。
医師は、患者さんのメリットとデメリットを足してプラスが最大になるよう努力したいと考えています。それは例えば、事前に分かっているリスクを適切に公表することであり、ゲノム情報などを用いて副作用の事前予測の精度を高めることであり、それでも防げなかった不幸な事例については社会全体で適切に補償することです。
メリット・デメリットの判断を医療界に任せられないという方が多いのであれば、それは我々の不徳の致すところであり、裁判所の判断を仰ぐしかないことではありますが、現在そして未来の患者さんに禍根を残しかねない今回の和解勧告について、私は強い懸念をいだいています。