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日本医学会「医療における遺伝学的検査・診断に関するガイドライン」Q&A(2022年3月改定)

ガイドライン一覧

Q
このガイドラインの位置づけについて教えて下さい。
A
個人の遺伝情報を扱う遺伝学的検査・診断を医療として実施する際に求められる、基本的事項と原則が記載されています。遺伝学的検査が行われる疾患(群)、領域、診療科は多様であり、それぞれに固有の留意点が存在しますので、さらに具体的には関連学会により、各疾患(群)、領域の留意点を考慮し、かつ本ガイドラインの趣旨に則して作成され更新される各論部分のガイドラインやマニュアルに基づいて、適切に運用されることが望まれます。
Q
このガイドラインで最も重要視していることは何でしょうか?
A
遺伝情報の特性を十分に理解し、遺伝学的検査・診断を実施し、診療記録として共有することです。そのためには、各診療科の医師自身を含むすべての医療従事者が遺伝医学に関する十分な理解と知識および経験を持つ必要があります。日進月歩の遺伝学的検査・診断に関する情報を得るとともに、必要に応じて、遺伝医療の専門家と連携して対応することも重要です。
Q
遺伝学的検査と遺伝子検査とは同じと考えてよいのでしょうか?
A
現在一般に用いられている「遺伝子検査」という用語には、さまざまなものが含まれています。本ガイドラインの終わりの方にある[注1]に詳しく記載されていますが、遺伝学的検査は、生殖細胞系列の病的バリアント(変異)を明らかにする検査を意味しています。DNAを用いた検査だけではなく、遺伝子の病的バリアント(変異)の存在を予測できるような遺伝生化学的検査や先天異常症を対象とした染色体検査等も遺伝学的検査に含まれます。
Q
遺伝子検査というとインフルエンザウイルスの検査やがん細胞の遺伝子を調べる検査もあると思うのですが、そのような遺伝子検査を行う際もこのガイドラインを守る必要があるのでしょうか?
A
原則として、病原微生物の遺伝子検査や、がん細胞などに見られる後天的に生じた遺伝子の変化を調べる遺伝子解析は対象としていません。このガイドラインが対象としているのは、生涯変化せず、血縁者も共有している可能性のある生殖細胞系列の病的バリアント(変異)を明らかにする遺伝学的検査です。但し、がん細胞の後天的な遺伝子の変化を検出する目的であっても、染色体核型分析や全エクソン・全ゲノム解析、パネル解析など生殖細胞系列の病的バリアント(変異)が同時検出される可能性のある検査を実施する際は、本ガイドラインを遵守する必要があります。
Q
遺伝学的検査の留意点は、対象者によって異なると思うのですが、このガイドラインではどのように記載されていますか?
A
このガイドラインでは、「すでに発症している患者を対象に行う場合」と「その時点では、患者ではない方を対象に行われる場合(非発症保因者遺伝学的検査、発症前遺伝学的検査、出生前遺伝学的検査、着床前遺伝学的検査)」とを明確に分けて留意点を記載しています。
Q
患者を対象に行われる遺伝学的検査の留意点とは何でしょうか?
A
患者を対象に行われる遺伝学的検査は、その臨床的有用性が高い場合に、主治医の責任で、通常の診療の流れの中で実施します。その際、血縁者に影響を与える可能性を含めて遺伝学的検査の意義や目的について説明し、インフォームド・コンセントを得てから実施する必要はありますが、臨床的に有用性が高いのであれば躊躇することなく実施してほしいという思いが込められています。
 検査の結果、病的意義が不明なバリアントが検出された場合には、病的意義が確定するまでは、診断や医学的管理に遺伝学的検査の結果を用いないことになります。しかし、解釈が変わりうることを考慮し、必要に応じて患者に説明することも考えられます。
 また、網羅的遺伝学的検査を行う際には、疾患の表現型から予想していない目的外の遺伝子に臨床的有用性のある病的バリアント(変異)が検出される可能性があるので、そのような場合には、臨床的意義を慎重に判断し、同意を得た上で患者に説明することも考えられます。必要に応じて遺伝医療の専門家による遺伝カウンセリングが受けられる体制を整えておくことを推奨しています。
Q
臨床的有用性が高いかそうでないかはどのように判断すればよいのでしょうか?
A
他の臨床検査と同様、検査を行うことにより、どの程度診断が可能となるのか、また診断がつけられた場合、今後の見通しについての情報が得られるか、適切な予防法や治療法に結びつけることができるか等を考えて判断することになります。
Q
患者ではない人を対象に行われる遺伝学的検査にはどのようなものがあるでしょうか?
A
非発症保因者遺伝学的検査、発症前遺伝学的検査、出生前遺伝学的検査、着床前遺伝学的検査等があります。
Q
非発症保因者とは具体的にどのような方でしょうか?
A
非発症保因者は、常染色体潜性遺伝(劣性遺伝)疾患、X連鎖遺伝疾患、あるいは染色体均衡型転座などで、本人がその疾患を発症することはありませんが、生殖細胞系列での病的バリアント(変異)、あるいは染色体転座を有しており、その疾患に罹患した子が生まれてくる可能性のある人を意味しています。非発症保因者診断は本人の健康管理に必要ではありませんが、次子がその疾患を有する確率(再発率)を明らかにしたり、次子の出生前遺伝学的検査や着床前遺伝学的検査の実施の可能性を知るために行われることがあります。但し、常染色体潜性遺伝(劣性遺伝)疾患、X連鎖遺伝疾患、あるいは染色体均衡型転座の保因者が、当該疾患を発症することがあります(manifesting carrier)。また、頻度はまれですが、常染色体潜性遺伝(劣性遺伝)疾患の保因者が別の疾患の発症リスクを有する場合も知られています。これらの場合には、非発症保因者遺伝学的検査として行っていたものが患者を対象とした確定診断や、将来の発症を予知する発症前遺伝学的検査となることがあることについても認識しておく必要があります。
Q
発症前遺伝学的検査とはどのようなものですか?
A
発症前遺伝学的検査は、特定の遺伝性疾患(成人期発症の神経変性疾患、遺伝性腫瘍等)で、その時点ではまだ発症していない方が原因遺伝子の病的バリアント(変異)の有無から将来発症する可能性がどの程度あるかを調べる目的で行われるものです。
Q
非発症保因者遺伝学的検査と発症前遺伝学的検査における留意点について教えて下さい。
A
発端者の遺伝情報が必要となるなど、単に被検者個人の問題にとどまらず家系内の問題として対応する必要があります。したがって、遺伝医療の専門家による遺伝カウンセリングを行い、問題解決の選択肢の一つとして遺伝学的検査を位置づけ、検査を行った場合のメリット、デメリット、検査を行わなかった場合のメリット、デメリット、および検査を行う時期の適切性などを遺伝医療チームで十分考慮してから、実施する必要があります。必要に応じて各機関の倫理委員会への審査依頼も考慮します。
Q
未成年者を対象とする場合の留意点はどのように記載されていますか?
A
すでに発症している疾患の診断を目的とした場合、および早期診断により予防や早期治療が可能となるような場合には、両親などから代諾を得、また本人にも理解度に応じた説明を行い、了解(インフォームド・アセント)を得てから実施することが望まれます。一方、非発症保因者遺伝学的検査や成年期以降に発症する疾患の発症前遺伝学的検査など、未成年のうちに遺伝学的検査を実施しないことの健康管理上のデメリットがない場合は、本人が成人し、自律的に判断できるようになるまで実施を延期すべきです。
Q
薬理遺伝学検査について今回のガイドラインに記載されていないのは何故ですか?
A
薬理遺伝学検査は、特定の薬剤の生体への反応と遺伝情報の関連が明らかとなっている場合に実施するもので、薬剤による有効性が期待できる、薬剤による危険な副作用や有効性の乏しい薬剤の投与を回避できるなど、診療上有用な検査です。生殖細胞系列の遺伝情報を取り扱う他の遺伝学的検査と大きく異なる側面があり、薬理遺伝学検査に特化したガイドライン等もあることから本ガイドラインからは削除されています。
Q
多因子疾患の易罹患性診断についてはどのように記載されていますか?
A
多因子疾患の遺伝要因の解明は、現在急速に研究が進められており、発症予防などの臨床応用が期待されていますが、検査の結果得られる情報は疾患易罹病性に関する確率情報であり、臨床的妥当性や確率に関する科学的根拠も流動的で、その臨床的有用性が証明されているものはまだ少ないことから、実施する場合には、科学的根拠を明確にする必要があると記載されています。
Q
すでに発症している患者の診断を目的として行われた遺伝学的検査の結果は、他の臨床検査の結果と同様に、診療録に記載する必要があるとこのガイドラインには記載されていますが、他の血縁者にも影響を与える個人の遺伝情報を当該患者に関与する医療従事者であれば誰でも閲覧可能な電子カルテに掲載してよいのでしょうか?
A
遺伝学的検査の結果は診療情報に含まれますので、電子カルテに記載することが必要です。医療安全の観点からも、患者の診療に関係する医療従事者は、チーム医療の推進に必要となる遺伝情報を含む全ての診療記録を共有すべきです。電子カルテに記載された遺伝学的検査の情報について適切に取り扱うことができるように、医療機関においては、遺伝情報にアクセスできる医療従事者に対して、遺伝医学の基本的知識、および個人の遺伝情報の適切な取扱いに関する事項について十分な教育・研修を行う事が求められます。
Q
遺伝医療にかかる診療情報を紙カルテに記載し、共通の電子カルテには記載しないで運用した場合、問題はありますか?
A
医療機関側としては、保険診療における「診療録管理体制加算」は、すべての診療記録の中央管理を条件としているため、一部の診療記録を別管理にしている場合は、加算請求ができなくなる可能性があります。また、「診療録管理体制加算」算定の条件を満たしていることが、2012年からは7:1入院基本料の要件に、また2016 年からは10:1入院基本料の要件となったため、多くの医療機関では、実質的にすべての診療記録の中央保管が必要となっています。
Q
このガイドラインでは遺伝カウンセリングをどのように位置づけていますか?
A
遺伝カウンセリングは、疾患の遺伝学的関与について、その医学的影響、心理学的影響および家族への影響を人々が理解し、それに適応していくことを助けるプロセスです。このガイドラインでは、確定診断を目的とした遺伝学的検査の際の主治医による事前説明と、検査結果の説明も遺伝カウンセリングの一つであると考えています。したがって、遺伝カウンセリングに関する基礎知識・技能については、すべての医師が習得しておくことが望ましいと記載されています。また、遺伝学的検査・診断を担当する医師および医療機関は、必要に応じて、遺伝医療の専門家による遺伝カウンセリングを提供するか、または紹介する体制を整えておく必要があることも記載されています。
Q
遺伝医療の専門家による遺伝カウンセリングとはどのようなことを意味しているのでしょうか?
A
非発症保因者遺伝学的検査、発症前遺伝学的検査、出生前遺伝学的検査、及び着床前遺伝学的検査等においては、被検者はその時点では患者ではないことが多く、通常の医療の枠組みの中で対応することは困難であることが多いと考えられます。また、治療法・予防法の確立していない疾患の発症前遺伝学的検査や、選択的中絶が考慮される出生前遺伝学的検査等では、倫理的問題を解決する必要があり、遺伝医療あるいは遺伝カウンセリングの専門家がチームで関与することが望まれます。わが国には、遺伝カウンセリングの専門家を養成する制度として、例えば、医師を対象とした「臨床遺伝専門医制度」<http://www.jbmg.jp/>と非医師を対象とした「認定遺伝カウンセラー制度」<http://plaza.umin.ac.jp/~GC/>があります。
Q
遺伝学的検査を実施する際に、患者には何を説明したらよいのでしょうか?
A
このガイドラインの終わりの方に記載されている、表1.「遺伝学的検査実施時に考慮される説明事項の例」を参考にしてください。この表は、被検者の理解や疾患の特性に応じた説明を行う際の参考として例示したもので、記載されたすべての事項を遺伝学的検査実施前に説明しなければならないということではありませんが、説明する際の参考にするとよいと思います。
Q
遺伝学的検査の結果は、患者だけではなくその血縁者にも影響を与えるものなので、遺伝学的検査を実施する際には、患者だけではなく血縁者にも説明し、インフォームド・コンセントを得る必要があるのではないでしょうか?
A
遺伝学的検査により明らかにされる遺伝情報のために、被検者および被検者の血縁者に社会的不利益がもたらされる可能性があることには十分に注意が必要です。しかし、血縁者の同意も得るというのは、個人情報保護の観点から大きな問題があります。血縁者の同意を得るためには、当事者(患者、被検者)が遺伝学的検査の対象になっていることを伝えることになってしまいます。インフォームド・コンセントは、医療を受ける際、十分に説明を受けた上で、その医療行為に同意する、あくまでも当事者(患者、被検者)個人の権利です。したがって、自己決定能力のある成人であれば、自分自身の医療行為については、自分自身の意思でその医療行為に関するインフォームド・コンセントを与えることができると一般に考えられています。したがって、よりよい医療を受けることにつながる遺伝学的検査を当事者(患者、被検者)が希望しているのに、血縁者が受けさせないようにすることはできません。遺伝情報は、血縁者・家系で共有されていますが、それについての一人一人の理解、解釈、思い、あるいは考え方は、それぞれ違いますので、原則として、個別に対応する必要があります。
Q
研究として行っている遺伝子解析は、このガイドラインの対象となるのでしょうか?
A
研究として行っている遺伝子解析は、本ガイドラインの対象にはなりません。但し、研究として行った場合であっても、その解析結果を分析的妥当性、臨床的妥当性ならびに臨床的有用性があるものとして被検者に開示する場合(診療の用に供する場合)には、医療としての遺伝学的検査の結果得られる情報と同等であることからこのガイドラインに従うことが望まれます。被検者には、検査実施前に研究と診療の違いを説明し、結果の開示において、研究として実施された結果であることを説明し理解を求めましょう。また、医療として行われる遺伝学的検査であっても、研究的側面がある場合は、研究の指針(「人を対象とする生命科学・医学系研究に関する倫理指針」等)にも則って行う必要があります。
Q
今後の課題としてはどのようなことがありますか?
A
遺伝学的検査・診断は、すべての診療科の医師及び医療従事者にとって重要な医療行為になっているため、医師および医療従事者、医療機関、学会には、それぞれ次の事柄が望まれます。
  • 医師および医療従事者:遺伝医学の基本的な知識をもち、最新の情報を得るよう自己研鑽に努めるとともに、必要に応じて、遺伝医療の専門家と連携して対応する。
  • 医療機関:遺伝学的検査・診断に関与する医師及び医療従事者を対象に、遺伝医学の啓発・教育を継続して行うとともに、適切な遺伝医療を実施できる体制を整備する。
  • 学会:疾患(群)、領域、診療科ごとのガイドラインやマニュアル等を本ガイドラインの趣旨に則して作成するとともに、各領域における遺伝医療、遺伝カウンセリングのあり方について教育・啓発を行う。
  • また、国民が安心してゲノム医療を受けるためには、保険や雇用、結婚、教育など医療以外の様々な場面で、不当な差別や社会的不利益が起こらないように法的整備を含めた体制を構築していく必要があります。日本医学会では「遺伝情報・ゲノム情報による不当な差別や社会的不利益の防止」についての共同声明を公表しています。
Q
診療記録に遺伝学的検査の結果や遺伝カウンセリングの内容は含まれますか?
A
日本医師会「診療情報の提供に関する指針」によると、診療情報とは診療の過程で、患者の身体状況、病状、治療等について医師またはその指揮・監督下にある医療従事者が知り得た情報とされており、診療記録には医師法第24条に規定される診療録、手術記録、麻酔記録、各種検査記録、検査成績表、エックス線写真、助産録、看護記録、その他診療の過程で患者の身体状況、病状等について作成、記録された書面、画像等の一切を指すとされています。したがって、遺伝学的検査の結果や遺伝カウンセリングの内容も診療記録に含まれると考えられます。
Q
遺伝形式の用語の優性・劣性が顕性・潜性に変更になったと聞きますが、この用語変更は診療録等の記載事項や遺伝カウンセリングにおいて、どのように対応すべきでしょうか。
A
すべてを顕性・潜性に置き換えるのはこれまで優性・劣性で理解していた患者・家族の混乱を招く可能性があるため、現状では日本医学会の用語管理委員会報告に従って、診療録等の記載事項を「顕性遺伝(優性遺伝)」「潜性遺伝(劣性遺伝)」で統一することが推奨されます。ただし、遺伝カウンセリングにおいては、顕性と潜性が発音上、非常に区別しにくいため、クライエントの状況に応じて、柔軟に対応することが必要です。
Q
検査会社に遺伝学的検査を依頼する場合は、匿名化が必須と考えるべきでしょうか。
A
本ガイドラインでは、匿名化が必須とは考えていません。検査会社には個人情報をしっかりと守ることが法的に義務づけられています。個人情報保護法では検査のような「個人情報を扱う業務の委託」の場合、委託者(病院)の個人情報の取扱を受託者(検査会社)に守らせると委託契約に明記することを求めています。「匿名化」を行うと、匿名の下で実施された検査において「取り違え」が発生する危険、場合によっては発生した取り違えが検知できなくなる危険があり、医療安全の確保が難しくなる可能性があります。
Q
個人情報保護法等を遵守するとの記載がありますが、「等」は何を意味しているのでしょうか。
A
厚生労働省「医療・介護関係事業者における 個人情報の適切な取扱いのためのガイダンス」、厚生労働省「医療情報システムの安全管理に関するガイドライン」、経済産業省・総務省「医療情報を取り扱う情報システム・サービスの提供事業者における安全管理ガイドライン」などを示しています。