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日本医学会「医療における遺伝学的検査・診断に関するガイドライン」Q&A

ガイドライン一覧

Q
このガイドラインの位置づけについて教えて下さい。
A
生涯変化せず血縁者にも影響を与えうる、個人の遺伝情報を扱う遺伝学的検査・診断を医療として実施する際に求められる、基本的事項と原則が記載されています。遺伝学的検査が行われる疾患(群)、領域、診療科は多様であり、それぞれに固有の留意点が存在しますので、さらに具体的には関連学会により、各疾患(群)、領域の留意点を考慮した各論部分のガイドラインやマニュアル等が、今後本ガイドラインの趣旨に則して作成されることが望まれます。
Q
このガイドラインで最も重要視していることは何でしょうか?
A
遺伝情報の特性を十分に理解し、遺伝学的検査・診断を実施することです。そのためには、各診療科の医師自身が遺伝医学に関する十分な理解と知識および経験を持つ必要があります。日進月歩の遺伝学的検査・診断に関する情報を得るとともに、必要に応じて、遺伝医療の専門家と連携して対応することも重要です。  全国遺伝子医療部門連絡会議は日本人類遺伝学会の協力を得て、遺伝医学の生涯研修の一環として、遺伝医学系統講義e-learning を開始しました。全国遺伝子医療部門連絡会議のホームページ<http://www.idenshiiryoubumon.org/>からアクセスし、必要事項を登録すれば、1回45分、計18回の遺伝医学系統講義を無料で視聴することができます。
Q
遺伝学的検査とは遺伝子検査は同じと考えてよいのでしょうか?
A
現在一般に用いられている「遺伝子検査」という用語には、さまざまなものが含まれています。本ガイドラインの終わりの方にある[注1]に詳しく記載されていますが、遺伝学的検査は、生殖細胞系列の遺伝子変異が明らかとなる検査を意味しています。DNAを用いた検査だけではなく、遺伝子の変異を予測できるような遺伝生化学検査や先天異常症を対象とした染色体検査なども遺伝学的検査に含まれます。
Q
遺伝子検査というとインフルエンザウイルスの検査やがん細胞の遺伝子を調べる検査もあると思うのですが、そのような遺伝子検査を行う際もこのガイドラインを守る必要があるのでしょうか?
A
原則として、病原微生物の遺伝子検査や、がん細胞などに見られる後天的に生じた遺伝子変異を調べる遺伝子検査は対象としていません。このガイドラインが対象としているのは、生涯変化せず、血縁者も共有している可能性のある生殖細胞系列の遺伝子変異を明らかにする遺伝学的検査です。ただし、がん細胞の後天的変異の検出目的であっても、染色体核型分析など生殖細胞系列変異が同時検出される可能性のある検査を実施する際や、多段階発癌の最初の変異が生殖細胞系列に生じている可能性のある遺伝子変異の解析を実施する際は、本ガイドラインを守る必要があります。
Q
遺伝学的検査の留意点は、対象者によって異なると思うのですが、このガイドラインではどのように記載されていますか?
A
このガイドラインでは、「すでに発症している患者を対象に行う場合」と「その時点では、患者ではない方を対象に行われる場合(非発症保因者診断、発症前診断、出生前診断、等)」とを明確に分けて留意点を記載しています。
Q
患者を対象に行われる遺伝学的検査の留意点とは何でしょうか?
A
患者を対象に行われる遺伝学的検査は、その臨床的有用性が高い場合に、主治医の責任で、通常の診療の流れの中で実施します。その際、血縁者に影響を与える可能性を含めて遺伝学的検査の意義や目的について説明し、インフォームド・コンセントを得てから実施する必要はありますが、臨床的に有用性が高いのであれば躊躇することなく実施してほしいという思いが込められています。必要に応じて遺伝医療の専門家による遺伝カウンセリングが受けられるような体制を整えておくことも推奨しています。
Q
臨床的有用性が高いかそうでないかはどのように判断すればよいのでしょうか?
A
他の臨床検査と同様、検査を行うことにより、どの程度診断が可能となるのか、また診断がつけられた場合、今後の見通しについての情報が得られたり、適切な予防法や治療法に結びつけることができるかなどを考えて判断することになります。
Q
患者ではない人を対象に行われる遺伝学的検査にはどのようなものがあるでしょうか?
A
非発症保因者診断、発症前診断、出生前診断、等を目的とする遺伝学的検査があります。
Q
非発症保因者とは具体的にどのような方でしょうか?
A
非発症保因者は、常染色体劣性遺伝疾患、X連鎖遺伝疾患、あるいは染色体均衡型転座などで、本人がその疾患を発症することはありませんが、病的遺伝子変異、あるいは染色体転座を有しており、その疾患に罹患した子が生まれてくる可能性のある人を意味しています。非発症保因者診断は本人の健康管理に必要であるということはありませんが、次子の再発率を明らかにしたり、次子の出生前診断の可能性を知るために行われることがあります。稀なことではありますが、常染色体劣性遺伝疾患、X連鎖遺伝疾患、あるいは染色体均衡型転座の保因者が、当該疾患を発症することがあります(manifesting carrier)。その場合には、非発症保因者診断として行っていたものが患者を対象とした確定診断や、将来の発症を予知する発症前診断となることがあることについても認識しておく必要があります。
Q
発症前診断とはどのようなものですか?
A
発症前診断は、成人期発症の遺伝性疾患(神経変性疾患、家族性腫瘍など)で、その時点ではまだ発症していない方が将来発症するかどうかを調べる目的で行われるものです。
Q
非発症保因者診断と発症前診断における留意点について教えて下さい。
A
どちらも検査を受ける時点では、患者ではないので、通常の医療の対象とはなりません。また、発端者の遺伝情報が必要となるなど、単に被検者個人の問題にとどまらず家系内の問題として対応する必要があります。したがって、遺伝医療の専門家による遺伝カウンセリングを行い、問題解決の選択肢の一つとして遺伝学的検査を位置づけ、検査を行った場合のメリット、デメリット、検査を行わなかった場合のメリット、デメリット、および検査を行う時期の適切性などを遺伝医療チームで十分考慮してから、実施する必要があります。必要に応じて倫理委員会への審査依頼も考慮します。
Q
未成年者を対象とする場合の留意点はどのように記載されていますか?
A
すでに発症している疾患の診断を目的とした場合、および早期診断により予防や早期治療が可能となるような場合には、両親などから代諾を得、また本人にも理解度に応じた説明を行い、了解(インフォームド・アセント)を得てから実施することが望まれます。一方、非発症保因者診断や成年期以降に発症する疾患の発症前診断など、未成年のうちに遺伝学的検査を実施しないことの健康管理上のデメリットがない場合は、本人が成人し、自律的に判断できるようになるまで実施を延期すべきです。
Q
薬理遺伝学検査についてはどのように記載されていますか?
A
薬理遺伝学検査は、生殖細胞系列の遺伝情報を取り扱うものですが、特定の薬剤の生体への反応と遺伝情報の関連が明らかとなっている場合に実施するもので、薬剤による危険な副作用や有効性の乏しい薬剤の投与を回避できるなど、診療上必須の検査であることから、その情報は、通常の診療情報と同様に扱うことができると記載されています。
Q
多因子疾患の易罹患性診断についてはどのように記載されていますか?
A
多因子疾患の遺伝要因の解明は、現在急速に研究が進められており、発症予防などの臨床応用が期待されていますが、検査の結果得られる情報は確率情報であり、その有用性が証明されているものはまだ少ないことから、実施する場合には、科学的根拠を明確にする必要があると記載されています。
Q
すでに発症している患者の診断を目的として行われた遺伝学的検査の結果は、他の臨床検査の結果と同様に、診療録に記載する必要があるとこのガイドラインには記載されていますが、他の血縁者にも影響を与える個人の遺伝情報を誰でも閲覧可能な電子カルテに掲載してしまってよいのでしょうか?
A
このガイドラインでは、個人の遺伝情報の取扱いの大原則として、「遺伝情報にアクセスする医療関係者は、遺伝情報の特性を十分理解し、個人の遺伝情報を適切に扱う」ことを求めています。その上で、患者の診療に関係する医療者が、共有すべき情報の一つとして、遺伝情報を位置づけることにしています。このことにより、遺伝情報がチーム医療を担う各職種に利用され、よりよい医療の提供が可能となります。  遺伝情報を適切に扱うことのできない方が遺伝情報にアクセスすることは、個人の遺伝情報の漏洩につながる可能性があり、望ましくありません。これを防止するためには、2つの方法があります。一つ目の方法は、遺伝情報にアクセスする医療関係者に対して、遺伝医学の基本的知識、および個人の遺伝情報の適切な取扱いに関する事項について十分な教育・研修を行うことです。二つ目の方法は個人の遺伝情報が記載された診療録へのアクセス権限を限られた医療者のみに与えることです。  どのような方法により、「個人の遺伝情報の漏洩の防止」と「チーム医療の推進に必要な遺伝情報の共有」の二つの課題の両立をはかるかについては医療機関ごとに検討する必要があります。
Q
このガイドラインでは遺伝カウンセリングをどのように位置づけていますか?
A
遺伝カウンセリングは、疾患の遺伝学的関与について、その医学的影響、心理学的影響および家族への影響を人々が理解し、それに適応していくことを助けるプロセスです。このガイドラインでは、確定診断を目的とした遺伝学的検査の際の主治医による事前説明と、検査結果の説明も遺伝カウンセリングの一つであると考えています。したがって、遺伝カウンセリングに関する基礎知識・技能については、すべての医師が習得しておくことが望ましいと記載されています。また、遺伝学的検査・診断を担当する医師および医療機関は、必要に応じて、遺伝医療の専門家による遺伝カウンセリングを提供するか、または紹介する体制を整えておく必要があることも記載されています。
Q
遺伝医療の専門家による遺伝カウンセリングとはどのようなことを意味しているのでしょうか?
A
非発症保因者診断、発症前診断、出生前診断などにおいては、被検者はその時点では患者ではないことが多く、通常の医療の枠組みの中で対応することは困難であることが多いと考えられます。また、治療法・予防法の確立していない疾患の発症前診断や、選択的中絶が考慮される出生前診断などでは、倫理的問題を解決する必要があり、臨床遺伝学あるいは遺伝カウンセリングの専門家がチームで関与することが望まれます。遺伝カウンセリングに対応する診療部門としては、大学病院や高度医療機関を中心に遺伝子医療部門が設立されており、現在、全国遺伝子医療部門連絡会議には、計89の医療施設(75の大学病院と14の医療機関)が加盟しています。わが国には、遺伝カウンセリング担当者を養成する制度として、医師を対象とした「臨床遺伝専門医制度」<http://jbmg.org/>と非医師を対象とした「認定遺伝カウンセラー制度」<http://plaza.umin.ac.jp/~GC/>があります。
Q
遺伝学的検査を実施する際に、患者には何を説明したらよいのでしょうか?
A
このガイドラインの終わりの方に記載されている、表1.「遺伝学的検査実施時に考慮される説明事項の例」を参考にしてください。この表は、被検者の理解や疾患の特性に応じた説明を行う際の参考として例示したもので、記載されたすべての事項を遺伝学的検査実施前に説明しなければならないということではありませんが、説明する際の参考にするとよいと思います。
Q
遺伝学的検査の結果は、患者だけではなくその血縁者にも影響を与えるものなので、遺伝学的検査を実施する際には、患者だけではなく血縁者にも説明し、インフォームド・コンセントを得る必要があるのではないでしょうか?
A
遺伝学的検査により明らかにされる遺伝情報のために、被検者および被検者の血縁者に社会的不利益がもたらされる可能性があることには十分に注意が必要です。しかし、血縁者の同意も得るというのは、個人情報保護の観点から大きな問題があります。血縁者の同意を得るためには、当事者(患者、被検者)が遺伝学的検査の対象になっていることを伝えることになってしまいます。  インフォームド・コンセントは、医療を受ける際、十分に説明を受けた上で、その医療行為に同意する、あくまでも当事者(患者、被検者)個人の権利です。したがって、自己決定能力のある成人であれば、自分自身の医療行為については、自分自身の意思でその医療行為にインフォームド・コンセントを与えることができると一般に考えられています。したがって、よりよい医療を受けることにつながる遺伝学的検査を当事者(患者、被検者)が希望しているのに、血縁者が受けさせないようにすることはできません。遺伝情報は、血縁者・家系で共有されていますが、それについての一人一人の理解、解釈、思い、あるいは、考え方、は、それぞれ違いますので、個人情報保護の観点から、原則として、個別に対応する必要があります。
Q
研究として行っている遺伝子解析は、このガイドラインの対象となるのでしょうか?
A
その解析結果を被検者に開示する場合には、このガイドラインに従うことが望まれます。生涯変化せず、血縁者にも影響を与えうる情報であることは、医療としての遺伝学的検査の結果得られる情報と同じだからです。また、医療として行われる遺伝学的検査であっても、研究的側面がある場合は、研究の指針(ヒトゲノム・遺伝子解析研究に関する倫理指針など)にも則って行う必要があります。
Q
今後の課題としてはどのようなことがありますか?
A
遺伝学的検査・診断は、すべての診療科の医師にとって重要な医療行為になりつつあるため、医師、医療機関、学会には、それぞれ次の事柄が望まれます。 医師:遺伝医学の基本的な知識をもち、最新の情報を得るよう自己研鑽に努めるとともに、必要に応じて、遺伝医療の専門家と連携して対応する。 医療機関:遺伝学的検査・診断に関与する医療関係者を対象に、遺伝医学の啓発・教育を継続して行うとともに、適切な遺伝医療を実施できる体制を整備する。 学会:疾患(群)、領域、診療科ごとのガイドラインやマニュアル等を本ガイドラインの趣旨に則して作成するとともに、各領域における遺伝医療、遺伝カウンセリングのあり方について教育・啓発を行う。
Q
プライバシー等を損なうおそれがある遺伝カウンセリングの記載内容とはどのようなものでしょうか?
A
「夫には知られたくない気持ち」、「兄には知られたくない検査結果」、「まだ発症していない人の発症前診断の結果」などが含まれます。このような情報は特に注意して、記載・保存する必要があります。