声明文―福島県立大野病院の医師逮捕・起訴に関して―
平成18年12月6日
声明文
日本医学会長
髙久 史麿
本年2月,大野病院産婦人科医師が業務上過失致死と医師法第21条違反で逮捕されたことにつきまして,すでに多くの関連団体・学会から声明文・抗議文が提出されたことはご存じの方が多いと思います.
事例は前置胎盤と術中に判明した予測困難な癒着胎盤が重なった事例であったと報告されています.この事例は担当医が懸命な努力をしたにもかかわらず医師不足や輸血用血液確保の困難性と地域における医療体制の不備が不幸な結果をもたらした不可抗力的事例であり,日本における医療の歪みの現れといわざるを得ません.地方や僻地では一人の医師が24時間365日体制で過酷な労働条件の中で日本の医療を支えています.過酷な医療環境の中で地域の医療に満身の努力をされ,患者側からも信望の厚かったといわれる医師が,このような不可抗力的事故で業務上過失致死として逮捕されたことは誠に遺憾であります.むしろ過酷な環境を放置し,体制整備に努力しなかった行政当局こそ,その非を問わなければならないでしょう.不可抗力ともいえる本事例で結果責任だけをもって犯罪行為として医療に介入することは決して好ましいと思いません.
本事例は業務上過失致死のみならず医師法第21条違反にも問われております.この第21条は明治時代の医師法をほぼそのまま踏襲しており,犯罪の発見と公安の維持が目的であったといわれています.異状死の定義については平成6年の日本法医学会の異状死ガイドライン発表以来数多くの学会で論争が続いている問題であります.日本法医学会の「過失の有無に係わらず異状死として警察に届け出る」については,昨年9月にスタートした厚生労働省の医師法第21条の改正も視野に入れた「医療行為に関連した死亡の調査分析モデル事業」を含め,本件逮捕以降,政府・厚生労働省・日本医師会・各学会等関連団体で検討に入ったばかりであり,異状死の定義も定かでなくコンセンサスの得られていない医師法第21条を根拠に逮捕することは,その妥当性に問題があるといわざるを得ません.過失の有無にかかわらず届け出なければ届出義務違反で逮捕される.届け出たら重大な医療過誤が疑われ,業務上過失致死罪に問われる.医師は八方塞がりであります.純然たる過失のない不可抗力であっても,たまたま重篤な合併症や死亡事例に遭遇したことで逮捕されるようでは必要な医療を提供できず,大きな国家的・国民的喪失となります.消極的・防御的医療にならざるを得ず,このような逮捕は萎縮医療を促進させ,医療の平等性・公平性のみならず医療・医学の発展そのものを阻害します.若い医師は事故の多い診療科の医師になることを敬遠しており,ますます医師は偏在することになります.
日本医学会は異状死の問題に関する委員会でこの問題を検討しますが,今回,大野病院産婦人科医師の公判が近々に始まることを契機として以下の学会から同様の要望が出ていますので,これらの要望をまとめる形で日本医学会から声明を発します.
記
日本整形外科学会
日本周産期・新生児医学会
日本消化器外科学会
日本超音波医学会
日本小児神経学会